お茶とオフィス

「お茶くみ」って長年、雑用の代名詞のように使われていたと思います。
高度成長時代の始まりのころ(60年代前半)にも給仕に「おい、お茶!」と怒鳴るクレイジーキャッツの歌があって(給仕だと思っていた学生は実は社長の息子なんだけど)、
下っ端の仕事って感じです~。

女性が社会進出すると、お茶くみの仕事は女性のものになります。
給湯室で交わされる女子社員の会話劇なんて、女性社員のお茶くみ習慣から生まれたものですしね。

男性上司が「外回りから帰ったらお茶を出してくれたらうれしい」
と平然と言われたものでした(ここはあなたの家か?…会社は家より心地良かったのかもしれない)。
新人の仕事は、まず社員それぞれの湯飲みを覚えることだったなあ。
そういえば、市役所の臨時職員のアルバイトをしていた時に一番時間もエネルギーもかけていた仕事は、1日3回のお茶出しでした。

職員が飲むお茶を出すために人を雇っていた、今思えば、贅沢な時代だったのですね。

そんな光景が変わったのは、90年代後半だと思います。

80年代バブルが終わって、「リストラ」が盛んにおこなわれて、人員にゆとりがなくなったこと、
500mlペットボトル飲料が日本でも97年から発売されて、お茶がいつでもどこでも飲めるものになったこと、
それから、男女雇用機会均等法が86年に施行されていて、女性だからお茶くみという時代ではなくなってきた、
(だからと言って男性社員が率先してお茶を出すわけではない)
という背景があったのでしょう。

お茶くみ論争なんていうのもありましたよねーー。
「男性からお茶出されてもおいしくないんだよねー」なんて、よく男性社員は語っていましたが、
喫茶店にはマスターがいるのですから、理屈がヘンですよね。若いころの私は丸め込まれてましたけれども。
仕事で入った現場の休憩時間に、率先して同業他社の人たちにお茶を入れていたおばちゃんに若かった私は正直うっとうしく感じました。
「女性だからってなんで?」って思ったんですよね。

今思うと、ケチでしたね。私。

10年ほど前に取材した起業家の経沢香保子さんは「私ならコピーを取るときでも、私自身の個性を入れる」
と話していました。

初歩的で単純に見える仕事ほど、工夫の余地があります。使う人の立場になって準備をしたり、目的に沿っているかが試されるものですよね。

お茶くみも深い、です。

私はお客様へお茶を出すとき、ちゃんといれられているだろうかいつも心配でした。
それがいい商談、いい会議、いい打ち合わせに少しでもプラスになれば嬉しいし、
「あの会社にまずいお茶を出された」と思われたらどうしようって思っていたのです。

でも、職場では朝から電話対応、注文品の手配、データの入力。
そこにお客様の突然の訪問。
応接室に入る姿を確認し、お茶の準備に立ち上がる私。

あ、茶筒のお茶が空っぽ!
戸棚の買い置きの袋をあけなくちゃ・・・・・・ハサミハサミ(ドタバタ)

上司「もう、帰っちゃったら、お茶いらないや」

長い月日が経つ今も、その光景を思い出します。

おいしいお茶を出せていたのかなあ。

動ずればおいしいお茶が出せるのかしら。

それは、長年の宿題のようなものでした。

2015年の夏、イベント「スペシャリスト女子会」の主催メンバーでスタートした時に、
ここでお茶を出してみようと思ったんです。