お茶屋さんが教える日本茶講座。やっぱり本業の方の話は面白いです。

新茶の火入れによる違い

郡山市にあるお茶専門店「静岡屋茶舗」さんのご協力で、第32回スペシャリスト女子会を開催しました。

「新茶」って、お茶をいつ、どんなところを摘んだものを言うの?

「お茶はどうやって流通しているの」

「自分で入れるとお茶が渋くて苦くなってしまう。どうすればおいしいお茶を入れられるの」

こんな疑問にお答えできるような会になればいいなあと考えて、
事前に静岡屋さんに何度かお邪魔して内容を打ち合わせしてきました。

「新茶と言っても、火入れの違いがあるんです」

差し出された2種類のお茶。
茶葉も実際に触らせてもらいましたが、柔らかさが全然違うんです。
同じ茶葉なのに味も、入れたお茶の水色にも違いが出るんですね。

火入れ加減は生産農家さんが荒茶の状態で納入した茶葉を(小売店に卸す状態まで加工する)仕上げ問屋さんによって違うのだそう。

この火入れによって、摘みたての新茶を楽しむ季節が終わった夏でも、さっぱりしたお茶を楽しむことができるのだそうです。

生産地やお茶市場での選定の様子など、お茶専門店だから持てる画像も踏んだんに盛り込んだ資料も準備。

お茶講座でお話しする静岡屋さん

静岡屋さん代表取締役の望月さん。当日、三重県のかぶせ茶で入れてくれた緑鮮やかな水出し緑茶で、参加者をもてなしてくださいました。ワインクーラーを使って、ガラス瓶のティーポットを見せる演出が、涼しげです。

主な日本茶の生産地の概要をお話ししていただけました。

さらに、日本のお茶生産地の最北端は宮城県の桃生茶(石巻市)という情報も私には、新鮮だったのです。
商業的生産地の最北端は新潟県村上市だと暗記していたのですが、市場にあまり流通していないお茶の産地なら青森県にもあるんです。なので、地域活性化のために、これからも市販されるお茶の産地情報が更新されていってもおかしくないんですよね。

参加者お一人が一つの急須が使えるよう、道具をたっぷり用意くださったことにも感謝! 専門店さんのパワーを感じさせてくれました。

深蒸し茶と天竜茶を飲み比べる

お茶を美味しくいれるポイントは、正しい茶葉の量(大きな湯のみ茶碗一杯分につき3〜4g)と温度と抽出時間。渋みや苦みを出すカフェインやテアニンが出ない低い温度で入れると旨味の元、アミノ酸だけが浸出されるのです。

今回は、深蒸し茶(鹿児島の知覧茶)、浅蒸し茶(静岡の天竜茶)の2種類で、実践。

希望の温度に下げるためには、お湯を湯冷ましに移し、そのお湯を湯のみ茶碗に入れてお茶碗を温めます。湯冷ましに再度移してから、急須に入れることで60度まで温度計を使わなくても下げられるのです。

茶葉の持つ個性に合わせた温度で入れてみたお茶…お茶を口に含んだときの参加した皆さんの感嘆の様子が忘れられません!

おいしいお茶を入れることって実は、簡単だったんです!

そのことをみなさんに体験していただけたことが何よりの収穫でした。

そして、やはり老舗専門店さんの実力。

お茶屋さんの出してくれるお茶はなぜあんなにおいしいのかを知りたくて、
「オチャクミスト」を名乗る様になったのですが、

やっぱり、お茶って奥深い。
煎茶一つでも、産地、品種、季節によって味が違う。深掘りして行ったら大変なことになります。

だから、お茶を通じて、知っていけることって、たくさんあると思うのです。

季節の和菓子とともに楽しむ

夢を見つけた人は実現までの道のりで何を思い、何をすべきなのか。目標に向かって歩む千葉さんに情熱の源を訊いてみました

起業家・大学職員 千葉清美さんインタビュー

(取材・まとめ)みついみさ子

千葉清美さんとはじめてお会いしたのは、2018年3月。郡山市の安積歴史博物館で行われた「5分で事業を語る!ピッチイベント」でした。そこで千葉さんは、あだたら地域の生乳で作るソフトクリームの販売するプランを発表。

熱い想いと、事業を立ち上げてからの紆余曲折の物語、そして千葉さんの語る生乳ソフトクリームがあまりにもおいしそうで、もっとお話を聞いてみたい! とその場でインタビューをお願いしてしまいました。

快く引き受けてくれた千葉さんに、まずは、生乳ソフトクリーム販売を目指すまでのお話をうかがいました。

 

千葉清美(ちばきよみ)さん

1965年生まれ。神奈川県出身。2006年福島県大玉村に移住。フラワーアレンジメントの仕事をしながらカフェのオープンを目指す。現在、県立医科大学で講座医局秘書を務めながら、事業パートナーとともに生乳でソフトクリームの製造販売事業を立ち上げる準備に奔走する日々を送っている。

 

福島移住を機にフラワーアレンジの仕事へ

千葉清美さん 最初の就職先は印刷会社でした。版下を作る業務です。当時はコンピューター化されていなかったので、手書きで罫線を引いたり写真や写植を貼り付けていたんですよ。
次に産業機器メーカー転職し、一般事務を経て購買の仕事を担当、部品調達の仕事を7年やりました。

そのあと、会社でISO14001の認証を取得するために、事務局として環境マネジメントシステムの構築をしました。

――どのような事業の会社だったのですか。

千葉さん 産業用電源・電子計測器・電子部品の開発・製造・販売を知る会社です。急成長して、私が入社してすぐに上場しました。若い人がたくさんいて、楽しい会社でしたね。

―― 福島にはいつから住み始めたのですか。

2005年の2月です。主人が転職して福島に来ることになったので、私は少し遅れて引っ越して来ました。はじめは本宮市に住み、2006年の12月からは大玉村に家を建てて住んでいます。

―― 大きな転機になりましたね。

会社を辞めて、福島に来ましたから。それで、1年後に、フラワーアレンジの仕事を始めたんです。30歳の頃からヨーロピアンフラワーアレンジメントを習い始めて、8年でインストラクターライセンスを取りました。

友達の結婚式をお手伝いした時に、ああ結婚式に携わるって楽しいなあと思ったんですね。ずっと事務の仕事をしていたので、次に仕事をするときは、ウエディングフラワーの仕事をしたいなあと思いました。それで、郡山市にある結婚式場に電話したんです。「お花を作りたいんです」と言って。幸い面接してもらって、働くことになりました。

――直接式場に電話したんですか。積極的ですね。

千葉さん 自分は事務仕事が向いていないのがわかっていたんです。絵を描いたりデザインすることが好きで、高校卒業後デザイン学校に進学して印刷会社に入ったんですけれど、残業や徹夜の連続で……。

――印刷は制作物の最後の工程ですものね。

千葉さん そうなんです。原稿が出来上がってくるのが遅くなると、印刷が間に合うように、どうしても徹夜になったり、休日も出てこなくてはいけなくなるんです。デザイン業界は時間が不規則だから嫌だなあと思って、定時で帰れるようにと転職したのに、事務仕事が嫌になったんですよね。今度、お花の仕事を始めたいときは、自分からやらなければと感じて、自分で結婚式場を調べて電話したんです。

ブーケを作ったり、お客様と打ち合わせをして、どうお花でテーブルを飾るかなどを決める、ウエディングフラワーコーディネーターの仕事を7年間しました。

カフェを始めるためにカフェ修行をはじめるも……

千葉さん その仕事をしている間に、カフェを始めたい、アイスクリームを作るカフェを始めたいと思うようになったんです。
食品の世界を知らなかったので、ナチュラルフードコーディネーターという資格を通信教育で取ったんですね。でもやはり知識だけではなくて、体験したいと思い、二本松市内のカフェで修行をするために、お花の仕事を辞めました。

そのお店は大変な人気店で、いつもお客様が外に並ぶぐらいなんです。働いているうちに接客と洗い場を行き来で脚を痛め、フライパンを洗いすぎて腱鞘炎になり、物が持てなくなってしまったんです。それでお店を辞めざるを得ませんでした。
仕事を辞めて家にいたのですが、姉から「お花ができるのであれば、家で作ってネットショップをやったら」と勧められ、「はなこころ」というネットショップを2012年10月にオープンしました。http://hanacocoroto.shop-pro.jp
仕入れなどにお金がかかりますが、その分を代金に上乗せするとお求めやすい価格ではなくなってしまうので、あくまでも趣味です。これで生計は立てられないなあと思っていたところ、福島県立医科大学の講座医局の秘書の話が来ました。学会の資料作りなどの仕事です。働かなければと思ってお受けして、3年半になります。

 

4〜5時間かかっても食べたいソフトクリーム

――いろいろな経歴をお持ちですね。中型自動二輪免許もある。バイクに乗っているんですか。

千葉さん 今は、乗っていないです。福島は冬、乗れないじゃないですか。冬の間バイクを庭に置いていたら乗れなくなっちゃって。横浜は雪が降ることは滅多にないので、1年中乗れるんです。

高校生の時、友達のバイクの後ろに乗るのがもう楽しくて。でも、人の後ろだとその人にお願いしなきゃ乗れないじゃないですか。風を感じながら走りたい時、やっぱり自分で乗れなくちゃだめだと思って、高校卒業してすぐに親に内緒でバイクの免許を取りに行きました。バイクで亡くなった男の子がいたので、私が乗ることを親は絶対許してくれなかったですから。でも、お金がないからローンを組むので、親に連絡が行くんです。で、親に殴られましたけど、免許は取りました(笑)。「取ってもいいけど、買っちゃダメだ」って言われたけど当然買いまして(笑)、またバレて殴られて、懲りないですよね。

――私、実はバイクの普通自動二輪免許を半年前に取ったんです。

千葉さん すごくないですか、私たちのこの歳で。私は若いから取れたけど。

――若い時に取ればよかったと後悔しました。人よりオーバーするし、卒検も全然受からない。

千葉さん でも尊敬する。今、取れって言われても、無理です。バイクは、コースを覚えないとハンコもらえないですよね。車の免許と一緒に取ったんですけれど、ローンで組んだ以外は実費を払わなくちゃいけなかったので、1時間でもオーバーできなかったんです。お金が無かったので、もう真剣でした。1時間もオーバーせずに取りましたね。

――パっと思ったら、もう行動に移しているんですね。

カフェで働き始めた時に、美味しいアイスクリームを自分で作りたいという思いがあったとのことでしたが、それはなぜでしょう。 

千葉さん 高校生の時に「清泉寮」という長野県と山梨県の間にある清里の近くの牧場に行ったんです。男の子たちがバイクの免許を取ってそこに行ってたんですね。で、女子たちを「美味しいソフトクリームがあるから食いに行こうぜ」って誘ってきて。バイクも乗ったことないし、そんなところまでと思ったのだけれど、みんな行くというのでついて行きました。

――二人乗りで行ったのですか。

千葉さん バイクの後ろに乗せてもらって、5台ぐらいで4時間かかって行ったんです。今は舗装されて綺麗な道になりましたが、当時は砂利道で山林のようなところでした。それでもどんどんバイクや車が走って行くんですよ。どこまでも続く道に不安になるぐらいでした。着いたところが牧場で、たくさんの人がだーっと並んでいて。

1時間以上並んだでしょうか。そんなにソフトクリームが美味しいのかなって思っていたんですよ。で、食べたら本当に美味しかったんです。それから何度となく行きましたね。「清泉寮のソフトクリーム食べに行こう」って4、5時間かかって行くんですよ。他県からもたくさんソフトクリームを食べに来ていたんです。SNSがない時代ですからみんな口コミですよ。清泉寮のソフトクリームのことがずっと私の頭にあって、おいしいアイスクリームを自分でも作りたいと思うようになったんです。

 

姪っ子が降りて来たようでした

千葉さん カフェを始めたいと思うきっかけがあったんです。私の姉に3人の子供がいたのですが、次女が19歳で突然亡くなってしまったんです。その3カ月前、私は死亡率90%以上の大病をしました。私は奇跡的に助かった。なぜ私は生き残って、将来のあるその子が亡くなったのかをずっと考えていたんです。ある日、その子にゆかりのあるカフェに行ったのですが、そこで食べたアイスクリームが美味しくて。「おいしいアイスクリームを食べて幸せだなあ」と思ったんですよ。姪っ子もアイスクリームが好きだった。私から姪っ子に贈り物としてプレゼントするぐらいでした。その子はパティシエになりたかったんです。そのとき、いろんなことの全てが一つになった。私はおいしいアイスクリームを出すカフェをやりたいと思ったんです。神がかった話のようだけど、姪っ子が降りてきたようでした。

―― それが、2012年のことだったんですね。

千葉さん 震災の翌年で、大玉村の人たちがみんな苦しんでいました。原発事故の影響から野菜や牛乳が売れなくなって。農畜産業を廃業する人がすごく増えました。

私は、大玉村の田園風景が見えるところに住んでいるのですけれども、その田園風景が大好きだし、福島が大好きです。その時、この美しい田園風景を守るためには、農畜産業を盛り上げなければいけない。何もしなければ残らないんだなあと思いました。

高校生の時に見た、牧場の長蛇の列の光景が頭に焼き付いていて、大玉村に長蛇の列ができて、他県からたくさん人が来てくれたらどんなに素敵かなと思ったんですよ。

自分がやりたいことと合致したことで、まずソフトクリームを作って売ることを目標にしました。次がジェラードです。大玉村の果物や野菜を使ったものを作るのが夢で、最終的な目標は大玉村の景色のいいところにカフェを作ること。美味しいソフトクリームやアイスクリームを食べられて、疲れた人が癒されて元気になってもらえるカフェですね。

 

相談に行けるところはすべて行きました

——それからカフェの開店に向けていろいろと働きかけてきたんですね。

千葉さん 大玉村の村長にも「こういうのをやりたいんです」って何度もお話しました。それでもやはり自分でやらなくちゃと、実際に動きはじめたのは2017年の1月からです。今年、53歳なので、すぐに始めないと、生きているうちにできないと思いました。それで、まず周りの人たちに構想についてどんどん話しました。起業には困難が多いので、簡単に「辛いから」とやめたりしない様、宣言することで自分を追い込んだんです。

また、飲食業界でキャリアを積んだ人と一緒にタッグを組むことを考えました。

私が修行したカフェでお菓子を焼いていたやよいさんという方です。調理師免許を持っているのと、飲食店の経験が長いこと、そしてとにかく人柄が良くて信頼できる。

「一から始めるので、一緒に戦ってもらえる?」とやよいさんに聞いたら「清美さんと一緒に戦います」と言ってくださって。そこから、まずはどういうお店にしていくか、どういう理念のもとにやっていくか、二人で3カ月ぐらいかけて経営方針を作りました。ここが崩れると筋が通らなくなってしまう大事なところですから。

中小企業経営者のための“よろず支援拠点”など、相談に行けるところにはすべて行きましたね。中小企業診断士の方にも無料相談を利用して相談しましたし、大玉村商工会の新規事業担当者の方にもお会いして、色々と薦めていただいたり。あとは日本政策金融公庫の説明会や、起業と名のつくところの講習会はなるべく出るようにして、経営や資金について勉強しました

 

起業家たちとの出会いで、頑張ろうと思えた

 

千葉さん やはり人と人とのつながりが必要なんですね。まず場所を見つけて、そこの土地に通って、貸してくれるようにお願いして。本格的に動く前から、私個人でソフトクリームやジェラードの講習会に参加していたんですね。そこで出会った業務用食品機器メーカーの方に連絡して、お店の建物の見積もりをお願いしたところ、4千万円超えることがわかったんです……そこで初めて、「自分のお店を持つことは無理なんだ」ということに気づきました。

方向転換しないと、全てを諦めてしまうことになると思いました。だったら「小さく初めて大きく育てよう」と考え直したんです。

――お店を持たずに販売することを検討しなければならなくなったんですね。

千葉さん はい。小さくと言っても、どこまで小さくするのかも迷いました。

それに大玉村産の生乳で大玉村の場所にこだわっていたこともあり、身動きが取れなくなっていたんです。

そのころ、よろず支援拠点さんから教えてもらって「コラッセ福島」で行われたセミナーに参加しました。先輩起業家さんたちのお一人が「苦しいときはたくさんの人に会い、たくさんの本を読め」とおっしゃったんです。

起業するために、私は経営や起業に関する本や雑誌をたくさん買っていたのですが、読む時間がなかったんですね。働きながら動いていましたし、土日はネットショップに入る注文のフラワーアレンジの花を作っていましたから。

ちょうど友達から本を1冊20分で読む「レゾナンスリーディング」を紹介してもらったんです。「レゾナンスリーディング」のセミナーは参加費が少し高額だったんですが、これは自分に必要なものだから、自分に対する投資だと思って参加してみました。

参加者は志が高い方ばかりだと思いました。参加者の方々に「今、八方塞がりなんです」と話したら、紹介してもらったのが郡山市内で行われていた先輩起業家さんとコミュニケーションを持つセミナーでした。そこから、郡山市内の起業家たちとつながることができて、色々なアドバイスをいただきました。

色々な方達と話すうちに、元気が出てきたんです。頼りたいとか、何かしてもらいたいということではなくて、同じ方向に一緒に頑張っている方達がいるというだけで、私も頑張ろうと思えた。一人では何にもできないんだなということを実感しているところです。

―― ふたたび一歩踏み出すヒントがもらえたんですね。

千葉さん 「OEMを検討したら?」、「まずは店を持たずに、製品を売ることを考えたら?」など、色々とアドバイスをいただきました。それで、ソフトクリームのミックス※だけを作る工場を作って、ミックスをソフトクリームサーバーを持っているところに販売するという方向に変えて動き出すことにしたのです。

※ソフトクリームの原材料を混ぜたもの。ミックスをソフトクリームの機械に入れてマイナス5度~7度に冷やしてつくる。

ところが、工場を持つにも生乳から作るということに関しては非常にハードルが高かった[/su_highlight]んです。前室、生乳保管室には仕切られた場所が必要で、缶を洗う洗い場や、冷蔵庫を置かなければならないなど法律で決められているんです。また、生乳の検査も受けなければなりません。

製造室にも設備が必要で、作ったミックスを真空パックにする梱包室も別に作らなくてはいけない。全部で4つの部屋が必要なんです。給排水だけでなく、床には水を流せなくてはいけないなどもあって、これらのことを確認するために図面を持って何回も保健所に通いました。

大玉村農家レストランの加工室が使えるようだという話もあったのですが、村で使うことになってしまい、そのお話はあきらめることになりました。希望と絶望の繰り返しです。

 

ピッチイベントで、やってきたことを整理したかった

――ピッチイベントに出場することになったのはそのころですか?

千葉さん いろいろなセミナーに出るなかで、コワーキングスペース郡山 

の運営担当者の方からピッチイベントに出ませんかとお声をかけていただきました。ピッチイベントに出ることで、今まで自分がやってきたことの整理ができると思ったんです。ただ前だけを見てやってきてガムシャラに突っ走っていたけど、反省点もあるのではないかと思っていたので。

担当者の方が、ピッチイベントの発表資料づくりの支援に私の職場まできてくれて打ち合わせをしました。他の方たちは会社を設立されていたり、事業をすでに展開していましたが、私はまだ結果が出ていないので、これまでやってきたことをお話しするしかないだろうと思いました。

それで、自分がどういうことをやってきた、何を伝えたいかを話してみたら、制限時間5分のところ、10分以上の内容になっちゃったんです。そこに私の思いが入りすぎていたんですね。主人に聞いてもらったら「ここはいらない」とかなり削られて。で、ようやく出来上がったのが前夜でした。

——その時に初めて私は千葉さんのお話をうかがったのですが、同世代のかたが挑戦している姿に励まされたんです。

千葉さん 当日は、評価員の方に「熱意が伝わった」とか、「応援したくなった」と講評いただいたのが嬉しくて泣けちゃったんですよ。

 

普通に美味しいのではダメなんです

――お話を伺っていて、私たちはどういう形で千葉さんを応援ができるのか考えたくなりましたね。もちろん、資金づくりなら今流行りのクラウドファンディングなどもあると思うのですけれど。とにかく、生乳のソフトクリームが、他のソフトクリームとどのくらい違うのか体感してみたいです。

千葉さん それは、まず食べてもらうしかないんですよ。

――それには、生乳から作らなければならないんですね。

千葉さん ミックスを作るためのレシピはもうできているんです。まず、殺菌のため68度で30分温めなくてはならないのですが、家の鍋で作るのと、30L入るパステライザーという、業務用の大きな殺菌器で作るのとでは味が変わるのではないかと思うんです。なので、場所が決まって設備を入れてから試作を繰り返さなくてはなりません。

――ぜひ、試食会を開いていただきたいです。

千葉さん 今、お願いしているブランディング会社さんや、資金を出してくださる会社の方々に試食をしてもらう予定です。また、老若男女にも市北してアンケートにご協力いただき、評価を集計したいと計画しています。手持ちのジェラード製造機なので1回1時間半かかかって、300ml作るのが最大なんです。それも、作り置きではなく、出来立てをすぐに食べていただきたい。味が全く違うんです。

――高校時代に食べて忘れられないという、清泉寮のソフトクリームも生乳だったんですよね。

千葉さん はい。ジャージー牛のソフトクリームでした。大玉村にはジャージー牛がいないので、ホルスタインになりますね。

那須にある「森林ノ牧場」のソフトクリームは、生乳で作っていてとっても美味しいです。安定剤や添加物も入れていないと牧場の方に聞きました。そこはジャージー牛を広い牧場に放牧していて、好きな草を食べ、好きな木の皮を食べる、自由にしているんですよ。

清泉寮の方は、残念ながら、当時の味と変わっていました。今は、ソフトクリームの機械がダーっと並んでいて、大量生産になっています。その代わり並ばなくても食べられますが……。大量生産のためには、ミックスに安定剤が使われることも多いんです。なので、私は大量生産は目指しません。

――千葉さんが、生乳で作ったソフトクリームにこだわるのは、やはり味ですか。

千葉さん 牛乳だろうが生乳だろうが、美味しいものを作ればお客様は来てくれる。でも、やはり美味しいのは生乳で作ったものだと、私とやよいさんで作ってみて確信したんです。

――牛乳だったら製造も販売ももっと簡単にできるけど、諦めない。

千葉さん 生乳でなければ、工場にする場所はあります。でも、生乳を諦めるのなら、私はこの事業諦めます。経営理念の2番目は「圧倒的に美味しいものを作る」なんです。普通に美味しいのではダメなんです。

ソフトクリーム一本でやって行くためには、どれだけ売らなくてはならないかとも思います。でも、私は割と楽天家なので、美味しかったらきっと買いにきてくれるのではないかと思うんですよ。

――大玉村で生乳は買えるものなのですか?

千葉さん 生乳を加工していいのは、農家さんだけなんですね。それは法律で決まっていて、私のように農家以外の者が買おうとすると畜産組合を通さなくてはいけないんです。畜産組合の生乳は、各酪農家からタンクローリーに集められたものなんです。

――いろいろな生産農家さんのものが混ざっているものですね。

千葉さん だから、大玉村を通るタンクローリーのものを使っても、二本松や本宮からも集めているので、大玉村だけではなくなってしまうことがわかりました。なので、社名も「大玉のちち」から「あだたらのちち」に変更を考えているのですが、ブランディング会社さんのアドバイスで更に変える予定です。

生乳を扱うための設備も農家さんが自分でやろうとすれば、六次化産業ということで3分の2の助成金が出ます。私がやろうとするとゼロなんですよね。

――農家が経営母体にならないと難しいんですね。

千葉さん はい。私は農家じゃないので、いろいろな支障が出ています。今、ミックスの製造工場を二本松市内に検討している所です。大玉村ではないのですが。そこは生乳を扱うために必要な給排水の設備がないので、300万円の工事費用、建物と設備、運転資金に全部で1千万円かかることがわかりました。今、借り入れも含めて資金を考えています。ただ、出資者やブランディング会社の方には、リスクが高いのでやめたほうがいいと言われました。

本当は今年オープンする予定だったんですけど、今から準備しても秋のオープンになってしまう。そうすると、シーズン的には閑散期となってしまうんです。なので、今年はもう無理だなあと思っています。

来年春のオープンを目標にしても9月には場所が決まっていなければいけない。それまでに場所が決まらなかったら、私は借金してでも今の候補地にオープンしたいと思っています。リスク背負うのは私ですし、最後に決めなくてはならないのは私ですから。だって、こうしていたらあっという間に55歳になり、60歳になってしまいます。

――私もそれを意識していて、逆算しているんです。もしずっと会社勤めをしていたら60歳が定年なので、その年を考えたらその時私に何が残っているのだろうと思うようになったんです。ピッチイベントの時の千葉さんを見て、私も向こう側に立てる人になろうと思いました。

千葉さん 本当ですか。それだけでも嬉しいです。

――自分からテーマを持って、積極的に仕事をしたいと思うようになったんです。

千葉さん 発表した甲斐がありました。

――みなさんが発表するセミナーに参加するのが好きで、学ぶことも多いのですが、それを行動に移していないんです。自信のなさというか、これをやるべきということがわからない。

千葉さん 私は準備なく突っ走ってしまって(笑)。みんなによく言われるのは、「想いだけじゃダメだ」と。ピッチイベントの発表までは想いだけで良かったのですけれど、これからは、経営者としての実力や能力が試されますから、大変だと思います。

――これまでのステージと変わったということですね。千葉さんは起業家さんとして創業者さんたちとお話ができるのは羨ましいです。私もお話を聞くのは好きですけど、何のために聞きに来たの?と言われないように自分も成長したいと思いました。

千葉さん 今日、話をしていくうちにいろいろなことが整理できたような気がします。

そして、どんな困難にも立ち向かい、諦めない気持ちが強くなりました。この様な機会をいただけたことに感謝します。

――こちらこそ、貴重なお話をお聞かせいただいて、ありがとうございました。

追記
その後、千葉さんは二本松市内にあだたらのちち株式会社を立ち上げ、ソフトクリーム工場を設立。2019年3月にソフトクリームの販売を開始しました。
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そして、昨年度のふくしまベンチャーアワードで見事、最優秀賞を受賞されています。ここでし食べることのできない生乳の爽やかさが広がるソフトクリーム。ぜひ召し上がってください!

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200128-00000009-fminpo-l07