わかりやすく伝える喜びを仕事にして、フリーランスへ。好きなことを仕事にする生き方を渡辺ひろ子さんに訊いてみました


パソコンインストラクター渡辺ひろ子さん
×みついみさ子

渡辺ひろ子さんは、パソコンのグループレッスンを始め、個人レッスンや、専門学校の授業を受け持つフリーランスのインストラクター。
ひろ子さんが主催する郡山市内のコワーキングスペース、co-ba koriyamaで行われる高齢者向けのパソコンサークルは、いつも和気あいあい。優しい語り口とわかりやすい教え方が生徒さんに親しまれている様子がうかがえます。同じフロアで仕事をしていた私もひろ子さんに習いたい!と思った一人。
やがてひろ子さんとお昼をご一緒するようになったのですが、味わい深いひろ子さんの語り口が魅力的で、一度じっくりお話しさせてもらいたいなあと思ったのでした。
その願いが叶った「同世代対談」。
まずは、ひろ子さんのお仕事観についてお聞きしてみました。

説明の仕方が違うなあと思った

———ひろ子さんは、もともとパソコン関係のお仕事をされていたのですか?

ひろ子さん 実は私、もともとパソコンは全然使えなかったんです。職業訓練校で覚えたんですよ。その前は、いろいろな仕事をしていました。婦人服販売やCD販売の仕事をはじめ工場で公衆電話やATMを組み立てる仕事もしたことがあるんですよ。

——ひろ子さんは、いつも素敵な着こなしですよね。もともとファッションが好きで服の販売の仕事をすることになったのですか。

ひろ子さん 事務の仕事をしていた時に好きでよく行っていた洋服屋さんから「人を募集しているから行ってみない?」って声をかけられて。いざ入社してみると、好きだった服とは違うコンサバ系の「JJ」に出てくるような服の部門で働かなくてはいけないことになって……。今なら与えられた場所で精一杯頑張ろうと思えますけど、当時は19、20歳ぐらいだったので、辛抱が足りませんでした。

——自分に向いていないなあと思うと、やる気が出ないものですよね。後からなら色々思いますけど、その時はね。

ひろ子さん 工場でATMの機械を組み立てる仕事をしていた時のことです。今の仕事とは一見関係ないようなのですが、折に触れていつも思い出すことがあるんです。
機械には「接客」と呼ばれるラベルや点字で表示される部分があるんですが、銀行によって形やシールの貼り方が違ったりするんですよね。シールは絶対曲がらないように貼らなくちゃいけないし、空気やほこりが入らないように細心の注意を払いながら一人で全部組み上げるので、慣れても一台50分ぐらいかかります。

社員の説明を受けるのですが、何度聞いても全然覚えられなかったんです。はじめは、自分の覚えが悪いのかなと落ち込みました。でも、仕事ができるようになってみると、その説明の仕方は違っている……、誤解してしまうような説明だと思いました。同僚もその人に指導される時期はとても疲れてるように見えて。何の仕事でも、伝え方って大事だなあってその時に思ったんです。

工場の仕事はもっと他にやるべきことが私にはあるんじゃないかと考えるきっかけになりました。それで、仕事を探すとなると、どんな仕事でもパソコンが必要なんですよね。
パソコンを習うために3カ月の職業訓練に通っていたら、パソコンが楽しくてあっという間に期間が過ぎていました。

想いは伝染する

ひろ子さん 訓練校の授業が終わった後、仕事を探していたら電話があって。公民館でのパソコン講座のサブインストラクターの仕事だったんです。1週間だけの仕事でしたが、私もすごくやりたいと思いました。

――それはどこに魅力を感じたからですか?

ひろ子さん 職業訓練で隣の席になった50代の女性がいて、操作が遅れていたときに、「ここクリックしたらいいよ」とか私が声をかけてフォローしていました。休み時間にわからなそうなところを私が説明して、その人が理解してくれるのがすごく楽しかったんです。ああ、私はこういうことが好きなんだなあと思いました。
サブインストラクターの仕事の後、職業訓練校と同じビルの個人向けのパソコン教室の仕事に声をかけてもらったんです。
インストラクターが私に務まるのか不安だったのですが、生徒さんが80代の基礎から教わりたいという方で、じっくり教えることができました。その後、インストラクターが産休に入ることになり、私が入る日が増えて、そのうちに職業訓練校の講師もすることになって、2〜3年続けました。

――順調に仕事が増えていったんですね。

ひろ子さん そのあと、個人向けのパソコン教室を私に任せるということになったんです。パートなのに(笑)。なんで責任ばかり重くなるのかなとも思ったんですが、私もやり甲斐を求めていて、二つ返事で引き受けたんですよね。好奇心に勝てなくて。私もインストラクターをしながらスキルを身につけたいという気持ちがあって、条件を強く言い出せなくて……。

生徒さんが少ない時期で、生徒がいないときは私も帰らなくてはいけない、収入が保証されない状況が続きました。でも、私も自分なりに考えるようになって、気軽に受講できるようレッスン料金を変えてもらえるよう経営者の方に相談したり、個人レッスンより料金の負担が軽くしたいと考えて、会社でも少人数制のサークルを始める動きもありました。それで、徐々にお客様が増えてきましたんです。

その時感じたのは、想いって、空気に乗って伝染するのかな、ということ。
そのときはお本当に客様に来ていただきたいと思っていました。
もちろん、うまくいかないこともありましたけどね。パソコンサークルが始まった頃は、来てもらったけれども料金未納のまま連絡がつかなくなった方もいるし、人数が増えたので、別な曜日にサークルを設けたら、お一人だったということも……。
でもサークルを始めるとうたった以上、続けなくてはいけないと思ったし、来てもらえれば良さが絶対わかってもらえると思っていました。

サークルのチラシを貼ってもらえるとわかれば、スーパーマーケットに頼みに行ったり、教室があるビルの1階の窓にチラシを貼ってもらったり。ビルが大きな通り沿いだったので、それを見て教室に来る人が増えました。
想いを強く持てばわかってくれる人がいるんだなと思えたんです。楽しかったですね。

やってきたことは嘘をつかないと思えた

――そこで始めたサークルが場所を変えて、今ここで行われているんですね。

ひろ子さん そうです。そんなに任されているのに私の立場って何かなと思ってしまって。
私も全速力で走っていて、息が切れちゃったんですよね。その時期に会社側から提示された条件が私には納得できなくて……。
やる気がなくなると、それも伝染するんですね。だんだん生徒さんが入らなくなりました。
辞めると決めた後に、illustratorやPhotoshopなどのデザインソフトの授業を受けながら、個人レッスンをco-ba Koriyamaで行っていたりしました。私、どうなるのかな、と思いながら半年間いましたね。
結局、辞めた後、教室は閉じられることになったのですが、生徒さんから「先生、サークルができなくなってしまうんです。なんとかサークルを続けられないでしょうか」と連絡がきて。ちょうどco-ba Koriyamaがあったので、タイミングがあって再開することができたんですよ。その頃から、パソコン教室のお客様からチラシ作りを手伝ってくれないか依頼があったり、パソコンの仕事も少しずつ入るようになってきました。

――ひろ子さんを頼ってくる人が増えてきた。

ひろ子さん 偶然に偶然が重なった。前の勤め先から個人のパソコン教室の生徒さんを受け持たせてもらえたり。みなさんのおかげなんです。
やってきたことは嘘つかないなと思えましたね。
職業訓練校で「どうすればフリーランスになれるのですか」と聞かれることがあるのですが、一つだけ言えるとすれば「目の前のことに誠実にやって行くしかない」ということ。そうお話ししています。

——やはりチャンスはそうやって出会うんだなあと思いますね。
<h2>「ハマる」ってこういうことなんですね</h2>
――ひろ子さんはプロレスが大好きなんですよね。プロレスについて語る時、すごい熱量を感じます。プロレスが仕事のエネルギーの源になっているんですよね?

ひろ子さん 仕事を辞めて職業訓練を受ける前のこと。仲良くなった宝石屋さんの店員さんから、「勧められても買わなくていいから必ず来て。すごく当たる占い師さんにタダで見てもらえることってなかなかないから」と誘われたことがあったんです。
その占い師さんに「あなたは、新しいことを始めますよね。それは将来自分のものになります。自分の好きなことで自分の仕事ができるのはすごくいいことだと思いませんか」と言われました。「あなたは遊びの中でどんどん吸収して行くので、むしろどんどん遊びなさい」とも。その時はパソコンのことが仕事になるとは全く思っていなかったんです。なので、その言葉を励みにしてきたところはありますね。

———それで趣味にも全力投球で。東京や仙台に行ってますよね。

ひろ子さん 今度は新日(新日本プロレス)の試合を見に後楽園ホール、両国でDDTを見に行きます。

――プロレスが好きになったのはいつ頃からですか。

ひろ子さん 2016年12月の年末です。初めて見たとき「何だろう」という引っ掛かりがあったんですよね。
パソコンを教えている80歳過ぎのお客様の家で、プロレスをブルーレイに録画したものをパソコンで頭出しできないかと聞かれて、TVでDVDを再生したときに、今プロレスはこんなことになっているんだって驚きました。印象に残った選手のことをネットで調べたり、動画を見たりして。年が明けて、お正月に深夜に2時間半のプロレスの特番を見たらハマっちゃって……
それからですね。わかりました私は。「ハマる」ってこういうことなんだなと。
ちょっとしたことでハマるという言葉を使っちゃいけないなあと思っていて]、今まで使ったことがなかったんです。変なとこまじめなんで(笑)。

―― 気軽に使える言葉じゃないよ、と。

ひろ子さん 本当にそうなったら私も言おうと思ったら、もうドハマりです(笑)。
フィギュアスケートも好きですし、アイドルも好きでしたけれど、コンサートは郡山まで来れば見に行くぐらいでした。でも今、プロレスは大阪や九州に行きたいとまで思っています。その会場でしかない雰囲気の違いがあるんですよね。その熱を感じてみたいんです。

——じゃあ、今はそれを楽しみに仕事も頑張っていて。

ひろ子さん ものすごく忙しい時に「チケット代になるー」と思うと励みになります。

――私は今、仕事のモチベーションが上がるような趣味はないんですよね。

ひろ子さん 久しぶりに会った同じ生年月日の友達が、「SOLZIK」というアカペラグループにハマっていて、北海道までライブを見に行っているんです。「私、こんなにハマったことがない」なんて話をしていて。ああ、このぐらいの歳になってもハマるなんてことがあるんだ、私には無いな、羨ましいと思っていた半月後ですよ。プロレスにハマったのは。

——たったの半月ですか?

ひろ子さん たったの半月で私がハマることになっちゃったんです。

――友達が夢中になっているところを見ていて、そういう状態を受け入れる気持ちの準備ができていたのかもしれませんね。

ひろ子さん そういうのはあったと思います。私もそういう対象が欲しいなあと思っていたんですよね。

――どんどん行動的になっているのがすごいですよね。大雪の日に東京まで試合を見に行ったり。

ひろ子さん たまたまそういう天気になっちゃって。私はもともとそういうタイプじゃなかったような気がするんですよね。どうやったら安く行けるかとか、マメに調べる人はすごいと思っていました。でも自分のことになったら、ちゃんとやるんですね(笑)。

「こうあるべき」から解放されて

——年齢的なものって何か感じていますか。10年前ならこういうことはなかったとか、10年前より楽になったとか。

ひろ子さん 以前ならこんなに出かけるのは無理だったと思います。
今は、解放されたという気持ちがあって。そう思うのは、私はこうあるべきというのが結構強いのかなと思って。
気持ちの持ち方や心のあり方は人それぞれだし。好きにやっていいのかなと思えるようになりました。まんざら歳を取るのも悪くないなと思っています。

——それがいま、いい循環になってきているんでしょうね。

ひろ子さん 今まではこうあるべきだと考えていた方だったので、免罪符がいちいち欲しかった。例えば趣味のためにスケジュールを開けることにも以前は罪悪感がありました。仕事なら、ちゃんとスタンバイしておくべきだと思っていたんです。でもこの歳になって、会社勤めをしていたとしてもあと10年。ならば好きなことをしてもいいんじゃないかと今は言えますね。ここまでやってきたらいまはもう好きにやっても良くないって思うんです。70、80歳の大先輩達から見たら、まだまだ若いと言われるかもしれないけれど。

初めて、なんとかなると思えた

ひろ子さん 漠然となんですが、10代、20代の頃から私は歳取ってからの方がいい人生なんだろうなと思っていました。

——わたしは、小、中学校の頃、ノストラダムスの大予言なんかで1999年で地球が滅びると言われていたりして(笑)、先のことまで考えられなかったんですよね。刹那的というか、その日楽しい方を選ぶというような生き方をしてきた気がします。なので、今になって自分に実りがないような(笑)。

ひろ子さん それはなんだか羨ましいですね。私はそういう考え方ができなかった。先の先までいつも考えちゃうんですよ。考えたところで全くいい方向に行ってないんですけれど。でも最近、結構どうにかなるかなと思えるようになったことで気楽になりました。これは、フリーランスになってからの出来事が大きいんです。

——フリーになってから色々と声がかかるようになったことは大きいですか。

ひろ子さん そうですね。最初の年のお正月に歳が明けてからの予定がパソコンサークルしかない。スケジュール帳を見たときに、ああ、どうしようと思ったんです。これが、フリーランスの怖さかって。

そのときに動こうとすれば動けたのかもしれないですけれど、何か足枷があったんですねきっと。どうしようかと思っていたら、いい感じで仕事がきちゃったんです。
それで、ああ、1年乗り越えることができたと思ったらそのとき初めて人生の中でなんとかなるように思えるようになった。それまで、みんなどういう風に何とかなるって思えるようになるのかなと思っていましたから。「何とかなるさと思っていたから、こうなっちゃったんだ」というのは嫌だった。結果が同じだったとしても、「考えてこうなったんだ」という免罪符が欲しかったんです。

——何もしなかったわけじゃないと。同じ結果だったとしても、できる限りの事をやった上なら、やらなかったことに比べてダメージが違いますよね。

起きたことが今につながっている

——ところで、私の世代は親がだんだん高齢になってきて、介護のことを考えたり、介護的な時間も必要になってきますよね。

ひろ子さん 私も、前よりは心配なことが増えてきました。先生の話を正確に聞くために2、3年前から母の通院に付き添っています。
80歳になる私の母は、中学校の時に片方の目が見えなくなってしまったんですね。祖母はかわいそうに思って、自立する方法を教えるより、そばにおいて、結婚してからも援助していたんです。私の父は早く亡くなりましたので、母は早々に実家に戻理ました。母にとって親子とはいつもべったりしているものと思っていたと思います。かといって、祖母が母にしたように、母は私の面倒を見るところは受け継いでいなかった。なので、母親という感じはしなかったんですね。
高校時代、もし私が何かに巻きこまれてしまったら、普通のお母さんは娘の友達の連絡先がわかるけど、ウチの母親は探すことができないだろうなと思って寂しく感じましたね。

——じゃあ、ひろ子さんがお母さんの面倒をずっと見ているという感じだったんですね。

ひろ子さん はい。なので、親が歳を取ったことで、付き添いなどの物理的なことは増えましたが、心の負担は変わることがないです。ずっと。

でも、大人になってからは、こういう人もいるんだなあと思えるようになってきました。
私をずっと見ていてくれていた叔母が「ひろ子ちゃんはずっとできることは全部やっていたから、悔いは残らないよ」と言ってくれました。親が亡くなった時にみんな悔いが残ると思うんですね。もっと一緒にいればよかったとか、こうしてあげたかったとか。でも私はずっとそばにいて、ずっとその時にやれることをやってきたので、多分悔いは残らないと思います。そう考えると、一番悔いが残らないようにしてくれていた。それが親らしいことだったのかなと思ったんです。苦労はしましたけどその点では、ありがたいですね。

――そこまでの心境に達するってなかなかないですものね。ひろ子さんがパソコンサークルで、年上の方たちとお話をしているのを見ていて、接し方が慣れている感じがするのは、お母さんとの関係もあるのでしょうか。高齢者の方達の気持ちがわかるというか。

ひろ子さん 母親のできないことを私が補ってきた部分もあったので、パソコンで習ったことを忘れちゃっても、私にしてみればなんてことないんですよね。ここにパソコンを習いに来ること自体、私の母親に比べたらすごいことなので。そういうことも、母親には感謝すべきかもしれません。

——その人の行動や言葉に現れていることには、それぞれの背景がちゃんとあるんだなあと思います。

ひろ子さん そうですよね。「点と線」じゃないですけど、ちゃんとつながるんですよね。食べたものが体になるように、起きていることがいまにつながっているんだな、と思います。
仕事をしていて、何が一番楽しいかと聞かれたら、それは知る喜びを共有できることです。知ることができたと喜んでもらうことが嬉しくってしょうがないんですね。それにつきます。

——じゃあ、毎回毎回、その瞬間がある。そうやって新しいことを知ることができたと思えるのは、生徒さんにとって喜びですね。知っていることばかり、と思う毎日はつまらないですから。

「今日来ないけど、どうしたのかな」と心配しあえるつながり

——私が長生きできるかどうかは別として、人生100年時代なんて言われていますよね。そうすると私たちはちょうど半分ぐらい。半世紀生きてきたわけですが、この先何かやりたいこととかありますか。

ひろ子さん 徐々にできたらいいなと思うのは、音声パソコンボランティアです。
昨年、目の不自由な方が、ショートカットキーを覚えてパソコンを操作する講座があったので、ボランティアで参加してきました。
私は母が視覚障害ですが、身の回りのことができていたし、身近すぎたこともあり、視覚障害者のことに関心を持っていなかったのかもしれません。自分がやれることをやってこなかったと思えたんです。参加しているうちに、サブ講師の話をお仕事としていただいたのですが、仕事だけではなくて、何か私にもできることがもっとあるのではないかと思いましたね。

――社会福祉協議会で住民の助け合い事業が始まるので、その講座を私も受講しようかと思っているんです。親のことも考えて、高齢者のことを学んだり、もっと視野を広げるきっかけにしたいと思ったんですね。

ひろ子さん そういう講座を聞いて、視覚障害の方にどう接したらいいのか、声の掛け方にもポイントがあることとか勉強になりました。こういう情報に出会うのも、縁だと思うんです。

——高齢者の方が集まる場所って大事だなと思いますよね。徐々に足が弱ってくると、外に出る機会も少なくなるので家にこもってしまう。外に出かける理由が必要なんです。そういう意味でもひろ子さんが続けているパソコン教室の場は必要とされていると思います。そういう場所をもっともっと作って、「いつも顔を合わせる人が今日来ないけど、どうしたのかな」と心配しあえるようなつながりがあるといいなあと思うんですよね。

ひろ子さん そうなんですよ。サークルをやりたいと思ったのも、それが理想でパソコンを覚えるというよりも、みんなでああでもない、こうでもないって言い合っているのがいい[/su_highlight]んじゃないかなと思っています。サークルをもっと増やしたいんです。パソコンを習いたい方はたくさん潜んでいると思うので。

——高齢者の方がパソコンを習いたいと思う動機って何ですか。ネットを始めたいとか?

ひろ子さん 年賀状が多いですかね。あとは亡くなった旦那様のパソコンにある写真を見たいとか。

——なるほど。そういう需要って多そうですね。

ひろ子さん 私は近所なのですが、町内会のみなさん、ここ(<a href=”https://co-ba.net/koriyama/”>co-ba koriyama</a>)が気になっているんです。中でどんなことをやっているのか、もっとわかりやすい案内があればいかもしれませんね。

――出かける所があるのはとても大切ですよね。

ひろ子さん ええ、皆さんそれをおっしゃるんですよ。母も近所に友達がいたので、それは良かったなあと思っていたのですが、みんな年上なのでだんだん亡くなってしまう。そのあと、お医者さんに行っても話がわからなくなっちゃったのは、人と話をしなくなったからじゃないかなあと思っています。そいうこともあって、何かできることがあればいいなあと思っているんですね。

これからだって、どんなことが起こるかわからない

――今回、ひろ子さんとお話をしたいなあと思ったのは、もっと同年代の方で輝いている方のお話を伺いたいと思ったからです。最近、起業家向けのセミナーに参加すると、対象年齢が若い感じがして、もう合わないのかなあと思うようになってきました。私の年齢でこれからキャリアを積むのは遅すぎるのかなあとか、必要とされているのはどんなことなんだろうと思ったり。

ひろ子さん そうなんですね。私も勉強は続けたいし、スキルを伸ばしたいとも思っていますが、もうバリバリやらなくてもいいかなと思うんです。もうここまできたらバリバリやらなくても誰にも何も言われない。それで楽になったところもありますね。縦に積み上げるより横に広げたいという気持ちが強いです。

――フリーランスでいると、収入や仕事が不安定なところがあります。収入がもっとあればあんなこともこんなこともできるのにと思うこともあって。会社勤めしたほうがいいんですかね? 私。

ひろ子さん わかります。安定した生活ですよね。でも、それを考えるのは、いよいよっていう時でいいんじゃないんですか? 迷っているってことは、今はそんなにいよいよじゃないんですよ。これ以上年齢を重ねてしまうとだんだん不利になると思うかもしれないけど、35歳を過ぎたあたりからもう不利になっていると私は思っていますから(笑)。

―― 派遣で働くことも考えた時期もあります。わかってはいたことですが、登録のときには私は誰でもない求職者で、匿名の存在になる。それが楽な時もあるけど、向こう側は私を求めてはいないんです。誰でもいい。ここまで仕事をしてきたのに、その事実が受け入れられなくて。いざ職場の中へ入ってしまったら、また違うのでしょうけれど。

ひろ子さん 今の感情を大事にして、今のままでいいと思いますよ。私が逆の立場だったら、みさ子さんも同じように答える気がします。今はフィルターがかかっちゃっていて、見えるものが見えないんじゃないかなあと思います。きっと。それで焦って仕事を見つけても、変なところに入っちゃったんじゃないかなあと思ったりするかもしれない。
きっとみさ子さんのことなので、気が向けば言う前に動くと思う。今動いていないと言うことは、気が向いていないのだから時期じゃないのではないですかね、きっと。

――そうかもしれませんね。ありがとうございます。今日は時間をいただいて。

ひろ子さん こちらこそこうしてお話するのは好きですし、話をすることで、どうやって言葉にすればいいのかということに気づくことができました。そう考えると小説家ってすごいですよね。自分が言葉にできないことを言葉にしてくれる。林真理子さんてなんてすごいんだと。あなたはこれだけ才能があるんだから、着物でもお寿司でも焼肉でも贅沢しなさいよ、という気持ちになりますよ。

――そうですね。本当に。私は、「あなたは何ができますか」にうまく答えることができないんです。

ひろ子さん 芸人のカズレーザーさんが、弟子入り志望の後輩芸人をどう断るかというドッキリをTV番組で仕掛けられて、弟子入りを断らないで、いろいろ教えるんですね。後輩のネタも動画を見て書き起こしして、アドバイスしたりして本当にお笑いが好きなのがわかって、感心しちゃったんですが、その中で「才能のある面白い人たちはいくらでもいて、その中で世に出るかどうかなんて運だけなんだ」って話に説得力があって。だから、自分は努力が足りないんじゃないかなんて思わなくてもいいと思います。

——そういう結論だったんですね。カズレーザーでさえあんなに努力しているんだからもっと頑張れ、あなたは何をやっているの? という話だと思ってしまいました(笑)。

ひろ子さん それを聞いたときに、ああ、自分なりにやっていれば足りないということはないんじゃないか、たまたま自分には縁がなかっただけなんだ、と思うようになりました。逃げ道かもしれないですけどね。

――巡ってくるチャンスはある。

ひろ子さん そうですよね。私がなぜフリーランスになれたかという話をしても運がいいだけだと思うかもしれない。私が逆の立場ならそう思うと思います。「あの人は私と違っていろんなことが揃っているからとか、運がいいから」とずっと思っていた。私の人生にこんなことが起こるなんてと思っているんです。細々ですけれども、自由にできるようになって。これからだって、どんなことが起きるかわからないと思います。

――そうですよね。今日はありがとうございました。